研究内容

 自然界には,生物進化や海洋共生など興味深い生物現象がみられ,その多くは内因性や外因性の生物活性物質により制御されています.私たちの研究室では,これまで作用機序が不明であった生物活性物質や,物質レベルでは全く未知の現象に挑戦し,医農薬の画期的なリード化合物の創出や,新奇な薬理作用機構の発見を目指します.有機合成,機器分析法,生体標的分子の同定,生物活性試験,計算科学と分子設計など,様々な先端研究の手法を駆使して,天然物化学を出発点としたケミカルバイオロジー研究を行い,生命農学および生命科学の発展に寄与することを目指します.

(1) 哺乳類由来の麻痺性神経毒の構造と機能

  新規神経毒の化学的解明は,薬理学,神経科学,精神医学など,広範な生命科学の発展に寄与します.トガリネズミは唾液に毒を持ち,ミミズなど獲物を麻痺させる珍しい哺乳類です.しかし毒の稀少で不安定なため,活性物質は長らく未解明でした.これまでに,北米に棲息するトガリネズミが持つプロテアーゼ毒を哺乳類で初めて単離し,その構造や薬理活性を解明しました.またヒトが刺されて痛みを引き起こす単孔目カモノハシについても,オーストラリアの動物園と協力して微量の毒液を採取し,ナトリウム利尿ペプチドの断片ペプチドなど,11種の新物質を発見しました.

 今後の研究では,標的とする生体高分子の同定や,細胞内や生体組織における動的挙動の解析など,発見した天然毒の機能に焦点をあてます.注目している標的分子の一つは,痛覚過敏や神経因性疼痛などの痛み伝達に関わる神経系Caチャネルです.神経組織や,炎症,痛みなどの仕組みに特異的に作用するリガンドを創出し,従来にない麻酔剤や鎮痛剤などへの応用を目指します.

 また,進化学,生態学,分子生物学などの研究者とも綿密に連携して,世界最小の哺乳類トウキョウトガリネズミや,絶滅危惧種のキューバソレノドンなど,世界の食虫動物が持つ有毒物質の解明にも取り組みます.このような希少種の毒素を出発点として,哺乳類の発生や進化に毒がどのように関わってきたのか?という謎に挑戦します.

(2) 海洋由来の抗腫瘍性, 抗炎症性物質の機能解明と有用リガンドの創出

 海洋生物はユニークな構造や,強力な生物活性を持つ二次代謝産物の宝庫です.これまでに,軟体動物アメフラシ由来の抗腫瘍性物質アプリロニンAについて,微量の天然物から活性を保持した様々な誘導体(ケミカルプローブ)を合成しました.生化学,細胞生物学の手法と組み合わせて,本化合物がアクチン・チューブリンという2つの細胞骨格タンパク質に作用してがん細胞の増殖を妨げるという,新たな作用メカニズムを解明しました.細胞シグナル伝達系の調節や生理的効果の誘導にはタンパク質間相互作用(PPI)が重要であり,アプリロニンAのようにPPIを特異的に制御する化合物は,新たな疾患研究ツールや医薬リードとして有望です.今後の研究では,機能未知の抗腫瘍性,抗炎症性天然物に特に注目して,活性発現機構の解明や,多彩な細胞機能を制御する有用なリガンドの創製を目指します.

(3) LA-LDI MSを用いた標的タンパク質の結合位置解析法の開発

 生理活性物質(リガンド)に反応基と検出基を導入したケミカルプローブは,標的分子の同定や結合位置の解析に用いられます.私たちは、多環芳香族炭化水素ピレンを持つケミカルプローブとマトリックス不要のラベル支援レーザー脱離イオン化質量分析法 (LA-LDI MS) を用いた,標的タンパク質とリガンドの結合様式を高精細に解析する手法の開発を目指しています.これまでに,ピレンをアミド基で修飾することで,LA-LDI MSで高感度,高選択的に検出できる蛍光タグを開発しました.今後は、この蛍光タグのさらなる改良を進めるとともに,従来の方法では解析が困難な,動的で不安定なイオンチャネル・膜タンパク質受容体における結合様式の解析や,PPI制御リガンドの機能作用点の解明など,本手法を実際に生理活性リガンドの研究に応用することを目指します.